【お気に入り】 ニッセイ ギアモータ 直交軸 H2L22L30-MM02TNNTN 脚取付 0.2kW 三相200V 標準ブレーキ無 その他DIY、業務、産業用品
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setubiprookoku/673-426188-14960-d8T
15,254円 25,423円

製造元:ニッセイ
型式:H2L22L30-MM02TNNTN
11,000円(税込)以上ご購入で送料無料(沖縄·離島を除く)
※商品画像は参考画像です。実際とは多少異なる場合がございます。
※取付け方法·軸配置等は画像だけでのご判断ではなく、ご注文前に再度ご確認のほどお願いいたします。(詳細がご不明なときはご遠慮なさらずお問い合わせください。)

ニッセイ ギアモータ NEXT GTR

NEXT GTRとは
ニッセイ GTR MID SERIES 0.1kW〜2.2kWが「次世代スマートファクトリー」を見据えて新に生まれ変わった製品です。

従来品との互換について
·取付寸法は従来品から変更はございません。
(※容量0.1kW·0.2kWのブレーキ付防水モータのモータ部長さ寸法及び、容量0.4kWの防水モータのモータ中心からボックス高さ寸法のみ、リニューアル前より大きくなっております。スペースをご確認いただき、問題なければそのまま置換が可能となります。)

NEXT GTRの特徴
① モータ性能強化
·モータ耐熱クラスをB種(130℃)からF種(155℃)に強化しました。

·MID SERIESでは容量0.1kWのみがファンレス構造でしたが、今回新たに容量0.2kWをファンレス化し、低騒音·コンパクト化を実現しました。
(※ブレーキ付は全閉外扇構造となります。)

② ターミナルボックス改善
·モータ種類や容量で異なっていた仕様を統一しました。

·取り付け端子を十字ネジから六角ナットに変更、配線用の工具はソケットドライバーをお使いください。

·ボックスの穴向きを自由に変更することができます。
(※端子台や端子台を取り付けているベース部分は取り外しができません。)

③ モータブレーキ改善
·従来品に対し、モータブレーキ消費電力を最大40%低減しました。さらに、初期段階から安定したブレーキトルクが発生できるようになり、使い勝手が向上しました。

·モータブレーキ部をユニット化しました。交換メンテナンス発生時はユニットでの交換により作業が簡略化されます。

H2シリーズ 型式詳細

ギアヘッド型式 モータ型式 ブレーキ仕様 オプション
シリーズ取付枠番軸配置減速比モータ
区分
モータ
仕様
容量相数電源
電圧
規格ターミナル
ボックス
ブレーキ 補助
記号
仕様記号
H2L22R5MM01TNNT N XAA

①シリーズ名H2 : H2シリーズ(直行軸)
②取付·タイプ区分L : 脚取付
F : フランジ取付
③枠番及び出力軸径出力軸(外径)
④軸材質/軸配置軸材質 : S43C
L : 直行軸 入力側から見て出力軸が左
R : 直行軸 入力側から見て出力軸が右T : 直行軸 入力側から見て出力軸が両方
軸材質 : SUS420J2
H : 直行軸 入力側から見て出力軸が左
M : 直行軸 入力側から見て出力軸が右B : 直行軸 入力側から見て出力軸が両方
⑤減速比5 : 1/5,12X : 1/1200
⑥モータ区分M : インダクション標準モータ(IP44)
W : インダクション防水モータ(IP65)
⑦モータ仕様M : IE1効率 F種標準モータ
D : IE3効率 F種標準モータ
⑧モータ容量01 : 三相 0.1kW
02 : 三相 0.2kW
04 : 三相 0.4kW
08 : 三相 0.75kW
15 : 三相 1.5kW
22 : 三相 2.2kW
⑨相数T : 三相
⑩電源電圧N : 200V/50Hz,200V/60Hz,220V/60Hz
W : 380V/50Hz,400V/50Hz,400V/60Hz,440V/60Hz
⑪規格N : CE·UL·CCC
J : 規格なし(400V級ターミナルボックスなし)
⑫ターミナルボックスT : T型ターミナルボックス(鋼板)
E : E型ターミナルボックス(アルミ)
N : ターミナルボックスなし(リード線バラ出し)
⑬ブレーキ仕様N : ブレーキなし
B2 : 200Vブレーキ
B4 : 400Vブレーキ
J2 : ブレーキ手動開放装置付(オプション)200Vブレーキ
J4 : ブレーキ手動開放装置付(オプション)400Vブレーキ
V2 : 防水200Vブレーキ
V4 : 防水400Vブレーキ
⑭補助記号空欄 : 標準仕様
X : 特殊仕様追加認識記号
⑮仕様記号お問い合わせください

H2シリーズ 三相 0.2kW 性能表
容量電圧(V)周波数(Hz)定格電流(A)定格回転速度
(r/min)
耐熱
クラス
保護冷却方式
0.2kW200/200/22050/60/601.1/1.0/1.01400/1680/1700F(155℃)全閉(全閉外扇)
380/400/400/44050/50/60/600.56/0.56/0.5/0.51390/1400/1680/1710

H2L22L30-MM02TNNTN ニッセイ

673-426188

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古い絵葉書の時代判別法


いったい何年頃の浅草か?


 たまに「古い絵はがきの年代をどうやって調べるのか」と聞かれるので、以下、簡単にまとめておきます。
 さっそく上の絵はがきを見てほしいんですが。なんか白黒写真に小学生みたいなセンスで色が付けられてますな。非常に質の悪い絵葉書ですが、この写真の撮影年代を推定してみます。

 まずこの絵葉書が使用済みで消印があれば、その消印から投函日がわかります。しかし、裏返すと真っ白でこんな感じ。

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上の絵はがきの裏面


「萬国郵便聯合端書」とありますが、これはかつての官製葉書を意味しています。日本国内で葉書が販売開始になるのは明治6年(1873)ですが、明治10年(1877)に万国郵便連合(UPU)に加盟しているので、このハガキは1877年以降だと判明します。

 英語で「POST CARD」と書かれていますが、フランス語の「CARTE POSTALE」と書かれていることもあります。これは万国郵便連合の公用語がフランス語だからであって、年代推定にはあんまり役立ちません。

 その下に英語で「The Address only to be Written on this Side.」とあって、要はこの面には住所しか書いてはいけないと指示されています。かつて通信内容は白い面には書けず、すべて写真面の隙間に書いていましたが、明治40年以降、通信欄が認められました。

 つまり、白い面にある仕切り線で時代がわかります。

<通信面の仕切り線で判断する>

・通信欄の罫線がない   → 明治6年(1873)〜明治40年(1910年)3月まで
・通信欄の罫線が3分の1 → 明治40年4月〜大正7年(1918)3月まで
・通信欄の罫線が2分の1 → 大正7年4月〜


 以上のことから、まず1873〜1910年のものだと判明します。

 つづいて、写真面で判定します。
 基本的に戦前の絵葉書はモノクロですが、だいたい写真の印刷には2種類あります。1つは明治21年(1888)に小川一真が実用化したガラスによるコロタイプ印刷。もうひとつは同じく小川一真が明治27年(1894)に実用化した銅版(または鉛版)による写真印刷。
 違いはコロタイプが滑らかで濃淡がはっきりしてるのに対し、銅版は拡大すると網目になっている点です。
 拡大してみると、このハガキはコロタイプ印刷だとわかります。


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 絵葉書に色がついてるものは、モノクロ写真に職人が手で色を付けていった「手彩色絵葉書」で、明治〜大正初期のものです。大正12年(1923)の関東大震災以降、大量印刷が可能なオフセット印刷が普及したため、途絶しました。オフセット印刷は、絵柄を拡大すれば網点があることがわかります。

<色と印刷で判断する> 

・網点のないモノクロ(コロタイプ印刷)
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・モノクロの網点は銅版か鉛版の写真印刷
 → 1894年〜明治時代終わり(1910年くらい)まで
・カラーの網点があればオフセット印刷
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オフセット印刷

 以上のことから、1888〜1910年のものだと判明します。

 つづいて被写体から判別します。このハガキは浅草の仲見世を写したものですが、なんだか建物が立派ですな。明治初期の仲見世はバラックみたいな感じですが、これが明治18年(1885)に煉瓦造りに変わります。その後、関東大震災で破壊され、鉄筋に。写真で建物がピンクに塗られてるのは、レンガのイメージだったわけです。



左上拡大図
 
 左上をよく見ると、なんだか尖塔が見えます。これは明治25年(1892)に建てられた「梅園勧工場」です。勧工場はデパートの前身みたいなものです。


大正中期の仲見世(左は共栄館)


 で、上は大正時代中期の絵葉書ですが、手前に別の建物が建っています。これは明治27年(1894)に建てられた「共栄館勧工場」です。梅園と共栄館は同じブロックにあるんですが、絵はがきを作ろうというカメラマンが手前の時計台をわざわざ省くとは考えられないので、冒頭の写真は梅園が建ち、共栄館が建つ前の1892〜1894年の撮影ではないかと判断できます。おそらく、共栄館を作ったとき、手前の道路の幅を狭くしたんでしょう。


 以下、そのほかの時代推定テクニックを書いておきます。

 前提として、私製葉書の制式が告示されたのが明治33年(1900)なので、官製ハガキを除くと、絵葉書はすべて1900年以降のものです。
 年代推定で最もわかりやすいのが切手です。

<切手で判断する>

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・田沢切手=大正2年(1913)〜昭和12年(1937)
・乃木切手=昭和12年4月〜昭和21年(1946)
 
イスカル カムグルーブ IC528【10個】1622218-10

・明治6年12月〜 全国1銭、市内半銭
・明治32年4月〜 1銭5厘
・昭和12年4月〜 2銭
・昭和19年4月〜 3銭
・昭和20年4月〜 5銭
・昭和21年7月〜 15銭
・昭和22年4月〜 50銭
・昭和23年7月〜 2円
・昭和26年11月〜 5円
・昭和41年7月〜 7円
・昭和47年2月〜 10円
・昭和51年1月〜 20円
・昭和56年1月〜 30円
・昭和56年4月〜 40円


左から菊切手、田沢切手、乃木切手


 上の田沢切手には「10」という消印が付いてますが、これでは大正10年か昭和10年かわかりません。
 そこで、次のポイントは「はがき」の文字です。

<「郵便はがき」の文字で判断する>
 戦前は右から左へ文字を書くのが普通だったので、「郵便はがき」と左から右に書かれていればすべて戦後です。

・「きかは便郵」明治33年(1900)〜昭和8年(1933)2月
・「きがは便郵」昭和8年2月以降、「はかき」に濁点がつきました
・「郵便はがき」戦後


 上の田沢切手は「はがき」となってるので、これは昭和10年だと判断できます。
 絵はがきの年代は、こうやって推定していくんですな。


 せっかくなので、被写体から時代判別する方法をもう少し書いておきます。
 絵はがきの内容が、博覧会のようなイベントだったり水害のような事件だったりすれば、資料を見れば年代は簡単にわかります。
 しかし、そうでない場合、建造物から判断するのが確実です。

 浅草の別の例で見てみます。


浅草公園の絵ハガキ


 まず上の絵葉書を見てほしいんですが、右手に巨大なランドマークHaelo Yellow Songbird Floral Wooden Jewelry Box Plays Ice Castleが立っています。これは明治23年(1890)に建造され、大正12年(1923)、関東大震災で崩壊しました。民間ハガキなので、このハガキは1900年から1923年の間だと推定できます。

 その隣に浅草国技館がありますが、これは明治44年(1911)11月に竣工し、翌年2月に開業。その後改装し、大正3年(1914)4月に活動写真の遊楽館に、大正6年(1917)に芝居小屋「吾妻座」となっています。そして、大正9年(1920)3月、火災で焼失しました。
 もう少し鮮明な絵ハガキだと建物の看板が見えるんですが、この葉書だとはっきりわかりません。ですが、映画や芝居の幟(のぼり)がないので、おそらく1914年3月までの撮影だと思われます。最悪でも1920年までの撮影です。
 つまり、このハガキは1911年11月から1914年3月(可能性としては1920年まで)の間です。

 一番左には浅草館がありますが、これは大正2年(1913)完成、大正5年(1916)キネマ倶楽部という映画館になりました。もう少し建物が写ってると、看板によってどっちだか判明するんですが……少なくともこの葉書は1913年以降だとわかります。
 
 以上のことから、この絵葉書はほぼ1913年の撮影だとかなりの確度で判明するのです。

 ちなみに浅草館ができる前、ここには浪花節で有名な清遊館という建物がありました。下がその写真で、日本屋根なのがわかります。


浅草の写真


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 まずこの写真は大正元年(1912)発行の写真集から転載したもので、当然、それより前に撮影されています。
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 手前は「ひょうたん池(大池)」。明治16年(1883)に掘削された人工池で、昭和26年(1951)、浅草寺が売却し、埋め立てられています。瓢箪池の噴水がいつできたかは当時の新聞を丹念に読んでいくしかないんですが、明治38年(1905)にはたぶん存在しておらず、明治40年(1907)には存在しています。

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 以上、絵葉書の年代推定マニュアルでした。ただし、例外もかなりあるので、注意してね!


【お気に入り】 ニッセイ ギアモータ 直交軸 H2L22L30-MM02TNNTN 脚取付 0.2kW 三相200V 標準ブレーキ無 その他DIY、業務、産業用品



<おまけ、というか本論>

 冒頭の絵葉書は1892〜1894年の撮影だと推定しましたが、ここでちょっと問題が。明治36年(1903)に刊行されている『日本之勝観』に非常に似た写真があるのですが、はたして出版物に10年前の写真を使うでしょうか?
 結論から言うと、当時は写真が貴重なので、昔の写真を使うことは珍しくありません。が、しかし……?


『日本之勝観』より

 実は、この写真をよく見ると、とんがり屋根のすぐ右にもう一つ塔らしきものが見えます。じつは右が梅園で左が共栄館なんですね。共栄館は明治27年(1894)に開業しましたが、時計台ができたのは明治29年(1896)です。そして、明治30年代末に丸屋根の時計台に建て変わり、大正10年(1921)に壊されました。そう思ってみると、冒頭の絵葉書にもわずかに塔が並んでいるのが見えます。
 よって、冒頭のハガキは共栄館の時計台ができて改築されるまでの1896年〜1906年くらいだと判断できるわけです。
 2枚の写真の違いは、右手の家が消滅してるのと人力車があるかないか。おそらく、『日本之勝観』の写真が撮られ、その後、人力車の規制と家の建造があり、まもなく冒頭の写真が撮られたと思われます。

 僕の推測は以上ですが、皆さんはどう思うでしょうか? 重要なのは、結局、絵はがき1枚だと正確な判定は難しいということです。
 
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